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 「福島の子どもを招きたい! 明石プロジェクト」が主催する「たこ焼きキャンプ」のブログ


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2016年、新しい年となりました。
遅ればせながら、みなさんにとって心おだやかな一年でありますように。
今年もたこ焼きキャンプをよろしくお願いいたします!

さて2016年最初の更新は、関西の保養団体のつながりで先日おこなわれた、講演会の報告です。
たこ焼きキャンプ代表・マスターこと小野洋も、この講演会のよびかけ人のひとり。ほかのたこキャンスタッフも参加しました。


「ふくしまの今を生きる人々とともに、保養のこれから考える」
   ◆2016年1月16日(日) 市民交流センターひがしよどがわ◆

福島県いわき市から、NPO法人「ふよう土2 1 0 0 」理事長の里見喜生さんをお迎えしてお話をうかがいました。
最初に、よびかけ人から小野洋が開会のあいさつ。
講師の里見さんとは、昨年のたこキャン同窓会のあとでいわき市に立ち寄った際、里見さんご自身の案内で津波の被災現場や帰還困難区域を含む富岡町などを回る被災地スタディツアーのときに、すでにお会いしています。
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その後、里見さんのお話をじっくりと聴かせていただきました。
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《里見喜生さんプロフィール》(主催者資料より)
1968年福島県いわき市生まれ。1695 (元禄8 )年から300年以上続くいわき市湯本温泉の老舗旅館「古滝屋」第16代当主。
2011年3 ・11で、温泉も旅館も大きな被害を受けたが、ボランティア活動に入り、障がい児の居場所の必要性を痛感、その年の1 1月に、NPO法人「ふよう土2 1 0 0 」を設立し理事長に就任。その名前には、100年後(2100年)を視野に入れた地域づくり、人づくりのため「自分たちが有機ふよう土となる」という思いが込められている。(「ふよう土2 1 0 0 」のHPはこちらをクリックしてください)
古滝屋は震災から1年半後に再開されたが、「観光業から未来づくり業へ転職」した里見さんは、被災者復興支援事業、子育て・障がい者支援事業や、被災地を「知って、感じて、考える」浜通りのスタディツァーなどにも取り組まれている。
〈参考資料 月刊「むすぶ」2014年10月号特集:里見喜生「まず現場を見てください」〉


江戸時代から続く老舗の温泉旅館の当主である里見さんにとって、2011年の東日本大震災とそれに続く福島第一原発の事故は、人生の大きな転換点となりました。
建物が地震で被災しただけでなく、原発事故のために140人いた従業員も離散(現在は20人)。一時期は従業員ごと避難生活を送られました。小名浜港で水揚げされる新鮮な海の幸と、三世代のお客さんをもてなすことを二本柱としていた「古滝屋」さんは、津波と原発事故でそのどちらも失って廃業の危機に立たされたのです。
悩みの中で里見さんを支えたのは、繰り返しご先祖のお墓を訪ね、福島県の長い歴史の中でさまざまな苦難を生き抜いてきた先達に思いをはせる経験だったといいます。
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多くの方が亡くなり、傷つく中で、自分はたまたま生かされた人間。この地での自分の役割をはたそう、と考えた里見さんは、避難所のボランティアを皮切りに、仮設住宅へのサポート、障がいを持つ子どもと親を支えるグループの立ち上げなどを次々とおこない、2011年秋にはNPO法人「ふよう土2100」を設立します。
旅館の再建と並行して、被災地の今を多くの人に知ってもらうためのスタディツアーも開始。県外から訪れるさまざまな人に、津波の被害とともに原発災害の現実を見てもらい、考えてもらうために、いわき市周辺を案内し、語り続けておられます。

この日は、福島の美しい自然に広がる放射性廃棄物の山、除染事業の矛盾、人間関係に亀裂を生じさせる補償金問題、自死を含む原発事故関連死の現状など、福島をめぐる多岐にわたるさまざまな問題についても、写真をまじえながらわかりやすくお話ししていただきました。
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「この苦しみは福島で、最後に!」
里見さんは、原発災害は福島の問題ではない、全国の、そして全世界の問題だと話されました。
未来の子どもたちのためにも、自分の思いを堂々と話せる地域にしていかなければいけない、とも。

私たちがおこなっている保養キャンプの意義について、里見さんが話されていたことが印象的でした。

保養の究極の目的は、被災地の子どもたちに第二、第三のふるさとができること。
もしまた東北で大地震が起きたら、大規模な移住を余儀なくされる。逆に、関西に被害が及ぶ原発で事故が起きたら? そのときは、東北の人たちが関西の子どもたちを助けることになる。
世代を超えて、この先必ず起きる大地震を見すえ、助け合うための芽吹きが今なのかもしれない。
それが多くの人の実感になれば、たとえ自分が死んだあとであっても、未来の助けになることができる。

そのように話された里見さんの言葉の中には、深い願いと祈りが込められているようでした。

その後、関西の保養団体からの報告などもおこなわれ、夜の交流会でも里見さんたちを囲んで親交を深めました。
保養にかかわる関西のたくさんの方たち、そして被災地から移住された方や被災地を思う多くの方たちとともに、里見さんのお話を聴くことができた貴重なひとときでした。
里見さん、すばらしいお話を聴かせてくださり、ほんとうにありがとうございました。
そして主催スタッフのみなさん、お疲れさまでした!
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by takocamp | 2016-01-20 22:40 | 保養のひろがり | Comments(0)