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 「福島の子どもを招きたい! 明石プロジェクト」が主催する「たこ焼きキャンプ」のブログ


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お待たせしました! マスターこと代表の小野の南相馬訪問記、第2回です。
最後までお読みいただければ幸いです。




***
翌日は、アグリ・ウオッチャークラブの岡田さん、「森のふるさと」の方(写真・下)の車で、津波被害を受けた沿岸部の見学へ。
出発前のひと時、お二人にいろいろお話もうかがいました。
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「森のふるさと」がある場所は高台にあり、幸い津波の被害から免れたが、海から4キロほど離れているにも関わらず、すぐ下の田んぼまで波が押し寄せていたそうです。
震災後、屋根にソーラーパネルも載せているとのことで、発電状況がわかるモニターも見せてもらいました。(東北電力に売電中!)
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岡田さんには、南相馬の歴史の話も伺いました。南相馬には江戸時代後半に、富山から移民した人がたくさんいるのだそうです。天明の大飢饉などで、かなりの農民が亡くなり、相馬藩が復興のために幕府の禁のすれすれのところで、富山などから農民を招致して定住させたこと、その移住の仲立ちとして浄土真宗のお坊さんたちが活躍したこと、藩の立て直しにあたっては二宮尊徳(東北や関東の学校では、校庭によく銅像が立っている)の指導を受けたこと、などを伺いました。ちなみに、「森のふるさと」ご夫婦の祖先も、富山から来たんだそうです。震災と原発事故で苦難の中にある南相馬で、こうした話をお聞きし、なんだかとても心に沁みました。

 
そしていよいよ、津波を受けた沿岸部へ出発。
思えば僕にとっては、一昨年の震災一か月後の四月、会津若松にボランティアに行った際、会津のお米を南相馬の避難所に届けながら、時間切れで見ることのできなかった沿岸部。ようやく訪れることができ、感慨もひとしおでした。
この日は晴天でしたが、浜通りでも珍しく大雪が降り、沿岸部も見渡す限り雪に覆われていました。
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写真は、鹿島区の沿岸に向かうところで、遠くに堤防が見えています。雪に覆われていると、ただの広野のようにみえますが、道路わきの平地はほとんどが田んぼで、堤防の手前にはずらっと住宅が並んでいたそうです。もちろん、沿岸の住宅は軒並み津波で流され、田んぼがある平地を津波が洗っていったそうです。ちなみに、この広い田んぼは干拓でできたもので、昔は海だったそうです。
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写真は沿岸部の道路からで、二本の松の向こうに鹿島の火力発電所が見えます。この発電所も被害を受けましたが、今は復旧し、浜通り唯一の発電施設になっています。(ちなみに、この二本松を見て、スパラさんが「陸前高田の一本松ばかり言われるが、ここにいっぱい一本松があるじゃない!」と言っていました。)

海から少し離れたところに神社があり、ここに避難したたくさんの方が波にのまれて亡くなったとのことで、お参りし、写真を撮らせてもらいました。ある程度は海から離れていて、かなりの高台なのに、あっというまに津波にさらわれてしまったそうです。津波の巨大さをじかに感じることができる場所でした。震災被災者の慰霊塔も立っていました。
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「森のふるさと」のおかみさんからは、車の中で、震災当日のお話、その後どんな苦労をしたか、などのお話をじかに聞かせていただき、地震・津波・原発事故の三重苦の生活がいかに大変だったかが伝わってきました。

沿岸部には、ときどき建物を撤去したあとのがれきなどを積み上げた場所がありました。鹿島区は線量が低いため、沿岸部の片付けが進み、それなりに復旧も進んでいるそうです。
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下は沿岸の松の木の下に供えられた花。
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海水浴場だったという砂浜にも立ちました。
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海に流れ込む川の水門。鉄のパイプが津波の力で同じ方向に曲がっています。
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津波に飲まれ、入居していたお年寄りが亡くなった施設も見ました。
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その後、車は南に向かい、市の中心部である原町区を通過し、福島第一原発20キロ圏内にある小高区に到着。小高区は、昨年警戒区域は解除されたものの、夜間は立ち入り禁止の避難指示解除準備区域に入っている場所です。
ここまで来ると、震災後の復旧工事が遅れているらしく、まだこんな光景も。
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雇用された作業員だと思われる人たちが、被災した家の片づけをしていました。
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いよいよ原発まであと10キロの海岸まで到着。
写真は堤防沿いの道より、原発方面を望む。向こうに見える林の向こうは立ち入り禁止の区域。
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堤防の内側の田畑は地盤沈下で、池のようになっていました。(写真右がアグリ・ウォッチャークラブの岡田さん)
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小高区の市街地に入ると、ところどころ一階が傾いた家がまだあるものの、倒壊した建物などは撤去が終わっているようでした。
しかし、昼間しか立ち入れない区域であるため、人影はまばらで、時折おそらく家の片づけなどに来たと思われる車や人をみかける程度でした。ひっそりとした市街地の信号がちゃんと生きて機能しているのが、かえって不気味に感じられました。
この市街地の光景が、今回の旅で見たものの中で、一番ショッキングでした。チェルノブイリ事故後映像で他国のものとして見ていたベラルーシやウクライナの無人の村。それと同じような光景が、目の前に広がっていたのです。
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そして午後からは、再び原町に移動。南相馬市民活動サポートセンターの会議室をお借りし、南相馬で子育てをする母親、大和田さんのお話をお聞きしました。
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大和田さんは、朝日新聞に連載されている『プロメテウスの罠』でも紹介されていた方で、お子さんが発達障害を抱えているなどのため避難をあきらめ、震災直後たいへんな思いをしながら自宅に残る生活を続けていました。外に出たいという子どもたちを室内にとどめ、配給の列にマスクを二重三重にして並んで手に入れたわずかな食料を家族で分け合って食べ、とうとう食料が手に入らなくなって福祉NPOに駆け込んで飢えをしのいだことも。大和田さん自身も持病を抱え、ストレスで体が痛むのを薬で抑えながらの生活だったそうです。
一昨年11月に、子どもたちへの放射能の影響を少しでも低減しようと、相馬市の仮設住宅に入居し、今は、同じように避難してきたママたちのお茶会を主催したりしているそうです。
その大和田さん親子も昨年の夏休みに「びわこ123キャンプ」に参加し、日焼けしたお子さんの姿がとてもうれしかったそうです。お知り合いに関西の保養を紹介してくださったりしていて、関西にはとても親しみを感じているようでした。この日その場に一緒に来ていた一番下の娘さんも、「ゴー!ゴー!ワクワクキャンプ」のスタッフと楽しそうに話していました。
地震、津波、原発事故…多重災害の中で、障がい者や高齢者など、簡単に避難できない人たちが、どんなたいへんな思いをしたか、ほんの少しですが垣間見ることのできる時間でした。

大和田さんのお話を聞いた後、市民活動サポートセンターの外に出ると、センターの窓から外に向かって放射能測定器のモニターのディスプレイが線量を表示していました。あちこちにモニタリングポストがある福島の光景には慣れてきてしまいましたが、南相馬市では地震、津波、原発事故による影響がさまざまに錯綜していることを、あらためて思い返しました。いまだに寝泊まりできない小高区があり、そのすぐ隣に一見ごく普通の市民生活をしながら放射線への不安を抱えている原町区があり、沿岸部には津波のために荒野が広がっている…。放射能の問題だけでなく、地域の崩壊の瀬戸際の中で生活がある、ということに言葉も失います。
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その後、岡田さんの車で移動し、南相馬市博物館へ。ここは、山林の中にあるため、原町区内でも線量が高く、博物館の外に展示してある蒸気機関車の横にあるモニタリングポストは、0.40μ㏜を表示していました。この博物館も普通に開館しています。(ちなみにここも雪が積もっていたためこの数値で、雪の遮蔽効果がないふだんは、もっと数値が高いとのです。)
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博物館では、相馬野馬追の衣装や道具など、南相馬の歴史がわかる資料の展示のほか、浜通りの豊かな自然の展示がありました。岡田さんも、震災後に行なわれた特別展「阿武隈高地の生き物たち」に写真を出展されたそうです。福島のあちこちがそうですが、本当に豊かな自然に囲まれた場所が、原発事故のためにこのような状況になっていることに、胸を痛めずにはおれませんでした。

夕方近くなり、この旅の最後の訪問場所である「南相馬インドアパーク」を見学しました。郡山で最初に開設された郡山インドアパークと同様、代表の方が福島出身であるNPO法人フローレンスが運営主体です。
南相馬インドアパーク 
http://fukushima-indoorpark.jp/parkdetail/minamisoma/

室内に入ると、プラスチック・ビニール製ではあるものの、とてもおもしろそうな遊具が。
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手前の大きな筒のような遊具は、中に子どもが入って回転させながら動かすものでした。最近外国から取り寄せたもので、一定期間「目玉商品」として活躍するそうです。こうした遊具の購入費も、利用者の会費や一般の寄付、助成金でまかなっているそうです。ちなみに会費は、子ども一人につき月500円で使い放題とのこと。
さらに奥には、砂場が。砂はオーストラリアから取り寄せたものだそうです。
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カラーボールのプールもあり、これもなかなか楽しそうでした。ボールの数は数千個!
(中に入っているのはスタッフの方)
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訪問したときは夕方だったので、利用する親子の姿はまばらでしたが、土日はやはり大勢の親子でにぎわうそうです。
小さな子どもたちにとっては思い切り楽しく遊べる施設で、こうした施設をNPOが苦労して維持していることには心を打たれましたが、同時に、宇宙ステーションの中に人工的に作られた公園のような姿でもあり、とても複雑な気持ちで福島市行きのバスに乗り込みました。

大事故を起こした原発からわずか10~30キロという距離にある南相馬市。その中でなんとか生きていこうとする人たちの姿があり、同時に大和田さん、岡田さんたちのように、この町に残る子どもたちを放射能から守ろうという人たちがいて、さらにこの町を離れて遠くに避難している人たちも大勢いる…。
素晴らしい歴史、文化、自然を持つ町の人たちの暮らしを破壊し、そしてそこから立ち直ろうとする人たちを阻む震災と原発事故の影響…。どうすることが一番正しいのか、ますますわからなくなる思いもしましたが、この人たちのことを決して忘れずに、少しでも寄り添う…いや、ともに歩いていくために何をしたらいいのか、深く考えさせられる旅でした。

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(雪の安達太良山 東北自動車道より)

                                      (2013年2月19日記 小野)



                                                   
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by takocamp | 2013-04-28 21:47 | Comments(0)
だいぶ以前のことになりますが、マスターこと代表の小野が、1月に関西の保養関係の方たちとともに南相馬を訪れたときのレポートです。
2回に分けて掲載しますので、どうぞじっくりとお読みください!


***
今年(2013年)1月19日から20日にかけて、関西で保養の受け入れをしている「大阪でひとやすみ!プロジェクト」「ゴー!ゴー!ワクワクキャンプ」の人たちと一緒に、南相馬市を訪問してきました。

19日朝、夜行バスで着いた福島駅から、南相馬行のバスに乗り換え、渡利地区、川俣町、飯館村を経て、約二時間かけ南相馬市原町区に到着。
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この日は前日から降り続いた雪で福島駅前や途中の飯館村はもちろん一面の雪景色、比較的暖かいはずの浜通りにある南相馬市でも、あちこちに雪が残っていました。
行きのバスの中、飯館村付近で計測したところ、持ってきた国産・エステー化学の線量計(やや低めに数値が出る傾向有り)で0.37μ㏜、「ゴー!ゴー!ワクワクキャンプ」の伊達さんの借りてきた精度のよいもので、0.54μ㏜を表示していました。バスの車内で、しかも雪の遮蔽効果があるため、線量がかなり低くなっていてこの数値なので、本来は相当な高線量であることがわかります。
しかし、目に入る飯館の山野の雪景色は、とても美しいものでした。
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バスが到着した原ノ町駅付近の風景は、ぱっと見たところ、ごく普通の地方の町の風景でした。お店もホテルも普通に営業しています。案内役をしてくれた「大阪でひとやすみ」の宇野田さんによれば、除染や復旧工事の関係で、市内のホテルや飲食店はかつてないほど人でいっぱいな状況が続いていたそうです。
駅では、高校生らしき若者が何人か電車を待っていました。三駅先の相馬駅までの電車だけが復旧し、原発のある南側の路線は不通のまま。相馬から仙台方面へは、亘理駅までの代行バスが走っているとのことでした。震災後ずっと動いていない特急列車の車両も駅から見えました。
一見日常を取り戻していても、深刻な影響が今もこうして続いているのです。

駅近くにある市立図書館は、とても立派な建物で、蔵書も充実していました。特に、震災関係と原発事故関係の図書が豊富にあったのが印象的でした。また図書館の中に、障がい者の作業所が運営するカフェもありました。図書館の中庭にもモニタリングポストがありました。

その後、この日参加することになっている「子どもの遊び場」の主催者、「アグリ・ウォッチャー・クラブ」の岡田さんや関係者のみなさんが待つ「食彩庵」へ。通りには歴史を感じさせる建物が並んでいて、「食彩庵」も古民家を改造した、とても風情のあるレストランでした。ここで、岡田さんたちこの日のイベントの関係者の方たちと昼食をしながら交流しました。

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(上・醤油工場  下・「食彩庵」のランチ)
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昼食後、第七回になる「子どもの遊び場」と同時開催の講演会の会場である南相馬市民文化会館「ゆめはっと」に移動。子どもの遊び場の会場づくりから見学させてもらいました。
午後1時過ぎに始まると、少しずつ子どもたちが集まり、用意されたバドミントン、なわとび、こま、はねつき、魚釣り、折り紙やお絵かきなどで遊び始めました。遊び相手として、全国あちこちのYMCAの大学生などがボランティアで来ていて、とても上手に子どもの相手をしていました。
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岡田さんたちは、子どもたちにのびのびと遊んでもらうだけでなく、一緒に来たお母さんたちの支援をするために、臨床心理士に来てもらったり、宇野田さんに保養の相談を受けてもらったりしてきたそうです。そうした取り組みを地道に続けてこられていて、この日も同時開催で、「子どもを放射能から守るレシピ77」(コモンズ)の著書で知られる福島在住の生活評論家、境野米子さんを講師に招いての講演会が行われていました。境野さんは、福島県の教育委員長も務めていらっしゃいます。
境野さんのお話も少しだけ聞きましたが、福島に残って子育てしていくために欠かせない食生活の知恵をわかりやすく楽しく話されていて、参加した方たちも時折笑い声をあげながら、熱心に聞き入っていました。
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晩は、南相馬市北部、鹿島区にある農家民宿「森のふるさと」に移動。関西から参加した4名とタイのジャーナリスト、スパラさんがここで宿泊です。
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ここは、ご夫婦で仕事をしながら週末だけの民宿としてはじめられたそうですが、震災・原発事故後は仕事をやめたのと、復旧工事や除染作業の人たちがたくさん泊りに来るようになったため、この民宿に専念するようになったそうです。
すてきな居間のような食堂はとても暖かい雰囲気で、ボランティアに来たタレントのサインやはがきなども飾られていました。
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晩御飯の時間には、岡田さんたち「子どもの遊び場」のスタッフのみなさんも集まってこられ、一緒に鍋を囲みました。安い宿泊費なのに、お刺身や郷土料理などが並び、お腹いっぱい食べながら、南相馬のお話や、それぞれふだんされている活動のお話などを伺い、楽しく交流しました。

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(タイ人のジャーナリスト、スパラさんと)

同行したスパラさんは、日本に長期滞在し、福島に何度も訪れ、取材しているそうで、南相馬にはぜひ来たかったが、日本人の通訳が怖がってなかなか来てくれなかったとのこと。今回の関西のメンバーに英語ができる方がいて、一緒に来られました。タイでも、原発の恐ろしさを広めたいとのことで、熱心に取材しておられました。(次回につづく)

                                                  (小野)
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by takocamp | 2013-04-22 22:15 | Comments(0)

姫路で第2回打ち合わせ

4月7日、今年の夏のキャンプに向けての姫路での打ち合わせ、第2回をおこないました。
前回と同様、姫路カトリック教会の部屋をお借りして、姫路周辺の支援者の方たちに集まっていただきました。
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今回は、去年たこキャンキッズを大歓迎してくださった佐用マリア幼稚園の先生方もお見えになりました。
姫路滞在中、一泊だけですが佐用の子どもたちが同じ宿舎に泊まる予定で、今年も佐用とのご縁が続くことになりました!
佐用の子どもたちと交流する日は、一緒にあそんだり、小さな夏祭りをしたりと、楽しい計画を立てたいと思っています。こんなことしたいね!あれはどうかな?と話がはずみました。
また、姫路の方たちからの要望として、福島で暮らすお母さんたちのお話を直接聴く機会を持ちたいとのことで、大人同士の交流の場も検討することになりました。
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滞在中は姫路の観光にも出かける予定で、現在平成の大修理中の姫路城を見学したり、お城周辺の施設を訪ねたりおみやげを買ったりと、姫路の町とふれあう日も計画しています。
そのほか、宿舎にいろいろな方に来ていただいて、子どもたちの楽しめるワークショップを開くなど、ゆったり過ごしながらも多彩に楽しめる日程にしたいと思っています。
また、今回の姫路の宿舎は厨房などの設備が自由に使わせていただけるため、毎日の食事作りや片づけなど、生活面のさまざまなことも子どもたちと一緒にやっていきたいと考えています。

キャンプ開催まで、あと2回ほど姫路での打ち合わせをおこなう予定です。
支援者のみなさん、お忙しいところをお集まりいただいてありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いいたします。



さて、打ち合わせの日、姫路の町はものすごい人出、道は大渋滞。
そのわけは…?

これでした!
「三ッ山大祭」という20年に一度の大きなお祭りが開かれていたのです。
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この「置山」のてっぺんに、全国からたくさんの神さまが姫路に集まり、幸せを呼んでくれるそうです。
今年もたこキャンが無事開催されることを願って、スタッフも見学させていただきました。

お城周辺は桜の名所としても知られています。ちょうど満開でしたが、春の嵐に見舞われて、この日が見ごろの最後だったようです。
お祭りの開かれた総社神社の境内の枝垂桜。
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このあとは、スタッフで夜桜を見つつささやかな宴を楽しみました。
姫路でも熱い支援をいただき、今年のたこ焼きキャンプもまた熱くなりそうです!
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by takocamp | 2013-04-09 22:25 | たこ焼きキャンプ2013 | Comments(0)